病院に根付く問題

病院に根付く問題

誰もが迷う祝儀

儀式めいたお布施

病院に入院する身内がいたとして、人によってはこんなことを考える人もいるだろう。『手術をしてくれた、お世話になった医師や看護師に対して謝礼という名の祝儀を渡すのは礼儀だ』、などと言われた人も少なく無いだろう。筆者も身内がそうするべきなのかと悩んでいる姿を見ていたので、速攻でする必要はないと即断しておいた。これは習慣ともいうべきなのか、いつの頃からか日本の医療ではこうした医師に対して祝儀を送ることが義務的に行われるようになっている。実際にした人もいるだろう、またしなければならないと扇動されている人もいるかもしれない。

これに対する答えは、真っ先にNOと言っても良い。そもそも医師や看護師の本質には、医療を行うことで人命を助けることが彼らの仕事であり、使命であり、責任となっている。助けられるかどうかはさておき、彼らには医療を真っ当に行う事が法律によって定められており、それを金銭目的の受諾を示唆するようなやり方で医療行為をすること事態おかしいはずだ。だがそうと考えていない人が多いのは、やはり日本人らしいのかもしれない。お世話になった人にはお礼を、感謝の念を表すためにも相応するものがない場合には金銭でと、そんなやりとりが昔から儀礼的に、公然として行われてきたのだから信じられない。

話には聞いたことはあっても、まさかお金に関して厳しく管理している身内がそのようなことを言ってくるとは思わなかったので、頭ごなしに否定したが何も間違ってはいない、道徳的にはだ。だがこうした祝儀というものによって実際、医療行為の内容で優劣が決められていたという悪しき医療業界の歴史も存在している。または現在進行形で行われているという事実も踏まえて、この問題も考察していこう。

「いい病院」ってどんな病院?!

私立が特にひどかった

こういった祝儀という話は感謝という感情から来ているが、ある例によってはお金で人の命を助けてくれと手段として用いられていた。そうした横行が特に一昔前の私立病院で歴然とした形で行われていたという。支払う人としては、例えば入院することになった科の学部長に対して何百万と支払い、さらに主治医として執刀してくれた医師を始めとした、特に懇意にしてくれたスタッフに対して数十万という謝礼を支払うことで、同じ病気を抱えている人よりも優遇されて治療が行われていたというのだ。

そんな風潮が出まわってしまったため、いつしか病院でお金を私的に渡すのは当然で、しかも人よりも良い治療が受けられるといった側面を垣間見せるようになったため、熱心に納めていた人もいたのかもしれない。だがそれで本当に人一人の命が救えるかというのは、全く話は別物だ。これらが行われていた時代は勿論、現代でも治療に成功しても生存率がまだ低く、完治が難しい病気は山ほどある。中には研究中の病気で、治療の見通しが立たないような病気もある中で、お金を払えば解決できると思えたのは、単純に病気に対しての情報を持っていなかったからかも知れない。

今ではインターネットによって重篤病の5年生存率が平均してどれくらいかなども算出されており、誰もが等しく病気の実情を知ることが出来る。治る可能性が無いと知った上でも多額のお金を払って治療してもらいたい、そんなことをいって患者が救われるのかという話だ。治してもらえたといっても、その後転移という可能性も示唆されており、その場で謝礼を支払って次に同じように納付出来るかどうかなど、経済状況によっては不可能になってしまう。滑稽過ぎると言ってはあれかもしれないが、酷いという言葉くらいしか出てこない。

医療という理念への叛逆

こんな行為が医療技術で認められるなどすれば、先人たちは現代人たちに憐憫の思いを向けるに違いない。そもそも医療の本質は、いつの時代も命を救うことを目的としており、それに見合うだけの対価を求めて多くの偉人たちが、過去現在まで続く医療技術の体系を形成してきたわけではない。こうしたお布施をする行動は医療行為への愚弄であり、許されざる行動だと罵られてもおかしくはない。

助けてほしいからと言ってお金を積んでも、本当は助けられないのに助けると豪語して金銭受諾を受けていた医師もいたと考えられる。人の命は等しく、その終わりが訪れるものだ。それがはっきりと見えている中で行うこうした祝儀などというものは、命への冒涜といえる。

医師不足の問題とは・・

認識していない人が多い

個人的な考えを述べた節もあるが、そのように考えていない人も多い、というよりはあたかもマナーだと教えこんでいる人もいる。公然と渡しては自分の患者は優遇してくれと告げているも同然な行為、そんなことが病院内で平然と行われれば、病院の秩序はたちまち崩壊してしまう。人よりいいものを渡して医療のグレードを上げる、などという行為が罷り通ってしまったらそれこそ日本の医療は世界的に終わっていると言われてしまうだろう。