病院に根付く問題

病院に根付く問題

医師になるまでの過程

医学生に与えられる権利と自由

過酷な労働現場、まともに休むことの出来ないという事実を思い知るため、ただただお金儲けだけを考えているような学生がいられるような学部でもない。学生として勉学に励む頃から、手術などを想定した解剖などが日々授業の一環として行われている。医学を志すものであれば当然、人体を切り開いて臓物を直接取り扱う機会も増える。それが嫌だから内科や研究職を選んだ、という人もいるだろう。そうした現場に居合わせると必然的にメンタル的なものを強く鍛えていかなければならないが、耐え切れなかった場合には進退を選ぶ瞬間が近づいている証拠といえる。

ただそうした医学生として解剖などを研修といった形で行う際には、実際の死体を取り扱う機会も多くなるが、そこでも色々な問題が発生する。以前別の記事で特集したが、身内を無くした世帯に解剖をするということで死因特定をするために依頼を受理したが、その後帰ってきた故人の身体は血の海に浸り、ありとあらゆる内臓が取り出されていたという酷い惨状だったという体験をした人たちがいた。医学生に限った話ではないが、こうして遺体をまるで実験動物のように扱って故人としての人権を蔑ろにするという人間もいる。だがこれは法律上で何か特別な違反を犯しているわけではない、あくまで同意の元で行った解剖となっているため、道徳的な面での問題として取り上げられることも少ない。

医師になるためとはいえ、日本が古来から死者に対しても礼儀を払う文化が存在している事を認識できていない、医師候補が多いのも確かだ。そうした意識改革も必要なのかもしれないが、そうした教育は範疇外であると考えているのも、現在の医学教育となっている。

信頼に値する医師を育成し、地方などで医師不足が問題となっている地域に人材を送ったとしても人格的な問題を抱えている人が言っても、逆に現場を混乱に貶めるだけだ。ただそういった人間ほど僻地と呼ばれるような場所で医師として活動したくないと考えているのかもしれない。また業界としても、そうした医師として勤務する場所を強制することも出来ないという。こういった部分に、医学生としての権利と自由意思が存在していた。

「いい病院」ってどんな病院?!

戦略会議にて経営戦略における運営指導。ホテル マネジメント

医学部を卒業した学生たちの進路

医学部の6年課程を無事修了し、卒業した医学生達は医師としての研修期間に入る。その前に医師免許を取得していなければ研修以前の問題だが、今回は医師免許を取得して卒業したとしておこう。免許を取得すれば、その後は個人で開業するか、それとも病院へ就職するかを考える前に先に医師として最低限の業務がこなせるように研修を行わなければならない。この時、研修が行われるのは必ずしも都市部の病院に限ったわけではなく、無作為に選ばれた地方の中核病院などが候補地として挙げられる。研修中とはいえ、免許を持った上で医療行為を行うとあって患者からすれば医師と変わらない。ただ研修生という面もあって技術に不安を覚える、という人もいるだろう。そうした苦難を乗り越えて初期・後期の研修を行っていく。

研修期間はおおよそ人によって異なるが、最低でも初期研修の『2年』はこなさなければならない。後期研修については実際のところは個人意思で受けるとのことだが、大半が後期研修を含めた平均して数年程度は研修医として生活していくという。ただこの研修医がさらに過酷な医療現場の現実だと知る人も少なくない。

鬱・燃え尽き症候群になる

数年の研修医生活は心を蝕むほどに過酷だ、理想として想像していた医師としての生活からは程遠く、朝は先輩よりも早く出勤して業務をこなし、さらにまとめなければならないカルテなども含めて一日中フル稼働しなければならない。また仕事が無い休日であっても受け持っている患者が急変すれば病院へ行かなければならない。当日出勤している医師や看護師達に指示を出さなければならないなど、その重労働は一人前と変わらない。

そうした研修医生活が負担となって、およそ3割近い人が鬱や燃え尽き症候群になるという。これも非常に有名な話だが、そういった苛酷さがあると知らなかったと思い知らされる人がいたとしてもおかしくない。医師として豪遊、というのも甚だおかしい生活だが、待ち構えていた現実に打ちひしがる人も存在していた。こうした研修を無事にこなせば無事に医師として自立できるのだが、ここからが昨今の医師不足問題を引き起こしている原因になっている。

医師不足の問題とは・・

就職先の自由性

何が問題なのかというと、研修を終えた後の研修医だった医師たちは何処で医師として活動するか、それは完全な自由意思で決められるというのだ。言うまでもないが、当然都会に集中してしまうのは自明の理とも言える、そうして地方へは局地的な医師不足が嘆かれているのに対して、都市部では有り余るほどの医師が右上がりで上昇し続けている。

この際、そうした自由性を排除することも地方が生き残る術ではないのかと思うのだが、そうしたところは人権が保障されているためどうにもならないのだろう。財政事情や将来的なものまで考えれば地方での生活を良しとしない医師がいたとしても、しょうがないという一言で片付けられてしまう。