病院に根付く問題

病院に根付く問題

医学生の資質

医師を志す近年の医学生とは

北海道のような都市部では医師の存在は供給過多となって、病院の数が増え続けているという事例に対して、地方の過疎化が深刻な問題となっている地域では病院不足は勿論、医師という存在が圧倒的に足りていないという状態だ。しかもこの現象は今に始まったことではない、既に兆候としては10年、それとも数十年近く前から危険視していた専門家もいたのではないかと思う。都市部、それも関東圏の東京都内に在住している人なら分かると思うが、徒歩数分圏内に数軒と病院が点在している、なんて経験はないだろうか。地元近所には見られなくても、たまたま通った道や道路の周辺景色を眺めて、数m先に病院があちこちで経営している、といった面白い風景がある。

正直、ここまで増やす必要があったのかと思ってしまう。確かに開業した場所が住宅街、もしくは駅から離れている場所で近隣に目立った医療施設が存在していなければ経営のチャンス、なんて考えがどこかにあるのだろう。しかしそんなことは誰しも考えるため、つまるところ上記のような個人経営の病院が乱立する現象が発生してしまった。それも診療内容がすべて異なっていれば便利なのだが、一極されているため、何処にいけばいいのかさえも分からない。

こうなってくると逆に近所の病院に行くよりは、車を走らせてでも大きな病院へ行った方が良いとなってしまう。無駄とは言わないが、不必要に病院の数が都市部で集中的に開業しているものを、北海道を始めとした医師が少なくて嘆いている地方へと配分すれば状況は全く変化するはずだ。忙しさと開業に見合った人材、そして経営者としての面で地方での開業はリスクが高いと考えている人は多いのだろう。

それは結局医師になってから考え始めた、と言うよりは医学生として就学している時から考えているのではないのか。医師を目指す最近の医学生、実はこんな所にも昨今の医療業界において問題視されている点でもある。

「いい病院」ってどんな病院?!

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主な問題点

病院を選ぶとき、何を基準にして通院を決めるかと考えた時、主にどんな点が一番強く出て来るか。自宅から近くて通えるというのもあるが、それだけで病院は簡単には決まらない。病院選びをする際に一番重要になってくるのは、何と言っても医師の存在だ。診療してもらい、信じられるかどうかがやはり一番のポイントだろう。ある癌患者はとある公立の専門的ながん治療を行っている病院で治療しようと訪ねてみると、そこで応対した医師がお役所仕事が得意そうな、傲岸不遜な人間に診察されたという。当然ながら信じられるはずもなく、激怒して病院を変えたといった事例もある。トラブルは置きないことに限るが、医師といってもやはり人間だ。人間同士の交流となっているため、そこに見えなくても確かに技術として信じられなければ、安心して任せられない。

そうした医師という存在、医療を行う人のことを指しているものの業務内容には、いわゆる接客という面もあると個人的に考えている。つまり、対面して話を聞いてもらう時、必死で訪れたのに杜撰な扱いをされたり、高圧的な態度を見せられてもなお、その病院を次に訪れたいとは到底思えない。本来なら医療行為だけ行えていればいいと考えるが、大学病院などの病院を始め、個人経営ともなるとそうした人と人とのふれあいを大切にしなければならない。

ではそうした人材が育成されているのかというと、やはりそうではないようだ。言うまでもないが、ここに昨今の医学を担う未来の医療人候補たちの問題が根付いている。例えば医師になりたいと考える人がいるとする、その人にどうして医師を目指すのかと訪ねてみると臆面もなく、文化的で裕福な暮らしをしたいから、などと発言する人がいた場合どうなるか。はっきり言ってしまえば信用に値しない医師だと見限られてしまう。技術が富んでいても、人格に難があれば誰も信頼したいとは思えない。

理想と現実

しかし内心では年収が、身分が、将来が、という俗物的な考えで志している人はごまんといるはずだ。本来医療業界で求められる医師としての資質と、現在の医学生が選抜される基準というものが乖離している問題が大きい。

本来、医師として理想的な人物像としては、

といった点が求められてくる。才能という物もあるかも知れないが、知識と技術は本人の意思と努力次第で向上させることはいくらでも可能だが、上記2つは過去日本の医療史を見てもあまり期待できるような結果は得られないだろう。江戸時代には闇医者が大量発生し、大問題になったケースも有るくらいだ。医師になれば金儲けができるという邪な思いを抱く輩が頻出したからこそ医療を国家として統一しなければならなかった。

そうして闇医者の存在こそ少なくなってきたが、現実では実際に医療免許を持っていないのに医療行為をしていたなどという事件や問題も発生している。また現状医師を目指している学生が理想に叶っている人材なのかも不明瞭だ。医学生になるためには難関試験を突破して医学部に合格しなければなれない、つまりは『偏差値』というしがらみですべてが決まってしまうのだ。

勉強が出来れば人格が優れているのかというと、そんなことはない。頭の回転が早ければ早いほど、打算的に考えてしまうのもまた人間としての業だ。医師になればそれまでの生活とは違う、裕福な暮らしが待っていると期待に胸膨らませている人は多いだろうが、現状の医療業界でそんな安寧した期待はあまりに意味が無い。

医師不足の問題とは・・

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医師を諦める

医師になれば年収が凄い、なれば勝ち組として芸能人などと結婚もできるといった、そんな邪さがかつて存在していた。現在もそうかもしれないが、最近だとむしろ医師ほど過酷な労働現場はないと考えている人、つまりは現実を思い知った人も医学部になって身に沁みたと感じる人は多いよう。とあるアンケートで医学生に、退学したいという願望はあるのかと訪ねてみるとなんと20%も存在しているというのだ。何年と掛けて勉強をしてきてようやく入れたというのに、もう嫌だと感じる人がこれだけいるのは逆に問題だ。

それもメディアなどで歪曲化された情報発信に躍らされ、『医師=勝ち組』などという偏見を持っている人は多いことを証明してしまう。現在の医療現場で看護師の労働時間なども問題となっているが、医師という仕事の苦労と辛さなどを知らない人も現実に存在している。